心の余裕
終戦の日の次の日は私の誕生日です。
今欲しい物はやっぱりお金かな![]()
早く借金返して・・・・・・ん、また新たに借金してやりたい放題のことができる余裕がほしい![]()
後は時間かな一日30時間あれば毎日の亀の世話も必ずできるし何よりも整理整頓ができると思います。
42歳になりましたけど私より高校生のほうがおやじっぽいと思います。
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終戦の日の次の日は私の誕生日です。
今欲しい物はやっぱりお金かな![]()
早く借金返して・・・・・・ん、また新たに借金してやりたい放題のことができる余裕がほしい![]()
後は時間かな一日30時間あれば毎日の亀の世話も必ずできるし何よりも整理整頓ができると思います。
42歳になりましたけど私より高校生のほうがおやじっぽいと思います。
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コネタマ参加中: もしも超能力が使えたら、何をしてみたい?
振った女の怨念(これは明らかに超能力だ!)から逃れるためにサバイバルな人生を送ってます。
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暖かい日が続き、野外で日差しのあたるところでの昼寝もしてられないくらいになりました。
お腹が大きくなり始めているメス猫もいると思います。どんな模様の子が生まれてくるか?
五体満足で生まれてくるか?しっかり育てられるだろうか?とても不安に思っている飼い主さんもいると思います。
そんな不安と期待のなか愛猫のお腹に手を当ててみましょう。以前失った猫とそっくりな猫が頭の中に現れて語りかけてくるかもしれません。
「 必ず生まれてこれるように準備をしている 。」
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1年で最も忙しい時期を終え多少亀や猫の面倒にいいかげんなところがあったが無事に年を越せそうだ。
社会では派遣社員の解雇などが問題になっていたがそんな暇な世界があるなんてとても羨ましく思えまる。若い頃、仕事中に事故にあい右手を失った私の父は法律で守られた人生を送り仕事を失うことはなかった。先天的に優れたものと劣ったものが生まれ成長していくなかで劣ったものの為につくられていくのが法律である。
法律で守られていない人生を不満に思う者は直ぐにでも職を変える必要がある。
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我が家の愛猫の獅子丸が野外で大怪我をして帰ってきたため久しぶりの投稿となった。
尻尾の付け根の付近に怪我をして膿んだために尻尾が壊死してしまった。非常に警戒心の強い猫のため朝の三時か四時ごろにしか外に出ないので交通事故ならば新聞配達のバイクかもしれない。或いはアライグマなどに噛まれたか猫同士の喧嘩によるものかも知れない。いずれにしても原因はわからない。なにものかがやったとしても確かな証拠が無いということは飼い主である私の飼い方が完璧ではなかったということになる。
こんなときいつも思うのだが神社のでかでかと掲げている鳥居は何のためにあるのだろう。あれは近くに神様が降り立ちとどまるためのご神体がありますよと神様に教えているものであろうが私は神社に参拝しようと思うことはほとんど無い。
長い間動物との暮らしをしている私は多くの動物を失い神を恨んできた。交通安全や安産その他いろいろと多くの人がお参りに行くのが神社であるがあいにく神から見放された動物たちのほうが繁栄する力が強く多くの人間から利用されながらも行き続けてきたわけである。
アメリカで一年に殺す牛の数は七千万頭だそうだ。そして人間が必要としているのは神ではなく食料とする動植物であることはいうまでも無い。敬うべきとされる神よりも動物たちのほうがはるかに私の要求に答えてくれる存在であり、決して神に負けない存在といえる。
どんなに苦境に立たされても神に頼ろうとは決して思わないもし私が癌になったとしても
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月末を迎え雨が寒さを進行させている。今年初めて子育てを体験した野良猫たちの子どもは風邪をひきやすく今年の冬を越えられるかわからない子も出てくる。
こんなときいつも思うことが自分の長い寿命のほんの二年くらいでいいから削って分けてやりたいという思いだ。もし猫になったら、いろんなものが見え始めいろんなものが聴こえ心拍数が早くなり、素早い虫たちの動きがとっても遅く感じ人間の1年が10年にも匹敵するものになるだろう。
そして命の保障のない自由な人生はとても有意義なもになるのだろう。
ウルトラマンの番組ではよく出てきたシーンなのだが・・・・・・・
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遠方に住む私の祖母は100才になるそうだが、もうボケて私のことは覚えていない。父や母は70才になる。彼らには地球温暖化やその他多くの社会問題など関係ない。だだ便利で住みよい環境であればそのあとの問題は私たちが死んでからのことと考えている。
決して省エネや資源のリサイクルなど考えないし考えても実行するほどの体力はない。
年金の問題にしても同じだし、多くの若者が就職をせずにアルバイトをして年金を納めず社会保険にも入れない生活をしている。現在、安定した仕事について年金を納め、社会保険に加入しているものたちの老後は、「俺たちはそれだけ多くのお金を納めてきたのだから当然だ。」という具合であろう。
私は生き恥をさらすような人生にはしたくはない。もっと自由にもっと過激な人生を送りたい。だれに見取られることもなくどこかの草むらで腐って消えてゆく それでいい私の存在で多くの命を未来に送り出せればそんなにうれしいことはない。
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昔から人が住んでいた我が家の周りには亀の水換えに使う古井戸や墓石、祠があちこちに存在する。我が家の裏山の奥にある祠はなんと卵形の石である。どのくらい前に造られ、誰(何)が眠っているのかは知らないが何らかのパワーを感じさせられる。
人々が眠りにつく暗闇の時間帯に放し飼いにしている我が家の猫に連れてこられここを発見した。猫には何かが見えているらしい。
この卵形の石にはどんな想いが隠されていたのだろうか?
私は神を信じない、信じないというより神に従うつもりはない。神に従えばあらゆる努力を拒否することになる。生きることを拒否した生き物たちを救うことはできない。
しかし時には自分の手に負えない災難が訪れる、そんな時ここに立ち寄ると何かの知恵が身につきテレビのチャンネルを変えたように状況が改善する。まさに大明神である。
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